メメント・モリ - 本

メメント・モリ

メメント・モリ

藤原 新也

三五館

グループ:Book

ランキング:34676位

価格:¥ 1,890 (税込)

発売日:2008-10

在庫状況:在庫あり。


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メメント・モリ のカスタマーレビュー

生死論の古典  (2010-02-16)
 活字の色が白から銀になり少々読み難くさが増したのと写真の数が減っているので、旧版に思い入れのある読者は概ねそちらを支持しているのではなかろうか。(ただ、活字の色については白のままでも実際は読み難いんだよな。)

 オリジナル版が出たのは80年代のバブル景気直前。浮かれきった日本社会において「命」や「生」がふわふわと薄っぺらくなっていくことへの違和感を表現し切った名作である。今回久し振りに目を通したが、人の死体を食う犬や鳥の写真の強度は今でも薄れていない。この写真集がきっかけで、インドにバックパック担いでいった人々も多かっただろうと思う。

 そして20数年が経った今。命の軽さは発刊当初とは相変わらず変わってないので、この新装版は十分に古典として機能し得ると思うが、インドにわざわざ「死」に触れにいかなくても済むくらい、日本には滅びの空気が充満している。本書でも日本の風景は写されてはいるのだが、今の時代に僕らが立っているこの場所で、「命」はどうなっちゃったのか。かつてのインドの凄まじさよりも、そっちの方が気になっている僕は、「現代日本で参照するには」という点から敢えて星を1つ削った。でも、人生で最も衝撃を受けた写真集の1つであることには変わりないし、見たことない人には「古典」として是非目を通してほしい写真集です。

重要な問題。  (2009-09-29)
《人間は、いつか必ず死ぬ》。これは、当たり前のことです。でも、誰もが、この当たり前の事実から、目をそむけているような気がします。この写真集の凄さは、《人間の死》という、人間にとって当然の宿命を、視覚的に捉えた所にあるのだと思います。死を《絶望》と捉えるのか、それとも《希望》と捉えるのかについては、当然、個人差があります。でも、どうせなら《希望》と捉えた方が、得なような気もします。この辺りの見解については、あくまでも《個人の自由》の問題なので、偉そうなことは言えませんが、この問題を深く考えている人には、本書は大変、有益な本だと思います。

さすがの一冊  (2008-11-12)
ネットの中の情報では「メメント・モリ」の改訂版はおおむね好評なのに、
なぜかレビューでは苦言を呈する人がいるのが不思議です。

藤原新也のブログでは旧「メメント・モリ」が廃刊に追い込まれることを
阻止するために改訂版に踏み切ったとあります。
つまり彼は「メメント・モリ」をあきらめないために改訂版を
作ったのではないかと私は解釈しています。

改訂版の文字がシルバーになっているのもネットでは好評のようです。
私もシルバーの文字に大賛成です。
というのも、旧「メメント・モリ」の文字は白でちょっと大きいので
写真をじっくり見ようとするのに邪魔でした。
ですが今回文字をシルバーにしたことで写真を見ようとすると写真に集中
できるし、文字を読もうとするとそちらに意識が行くようになりました。

もうひとつ発見がありました。
シルバーの文字が角度によってはっきり見えたり
薄く見えたりと変化するのです。
この感じがミステリアスな雰囲気を出しているように思えます。
これも計算なのでしょうか。

旧メメント・モリの方がよい  (2008-10-30)
「メメント・モリ」の素晴らしさはいうまでもない。
改編を出すことで、今までこの本を知らない人が、
手に取る可能性を増やすという意味で、
改編を出す意義は確かにある。

ただ旧メメント・モリを持っている人にとって、
新メメント・モリはどのような意味を持つのか。
はっきりいって銀色の字になって読みにくくなった。
せっかくの言葉が飛びこんでこない。
字が読みにくいあまり字にだけ気をとられて、
旧のように写真と言葉がどんと飛び込んでこない。

改編も実に中途半端だ。
旧メメント・モリでよかった文章や写真が削られていることに戸惑う。
全面改編ならそれはそれだが、
中途半端に変えられているため、
旧を何度となく読み返した私には、
違和感を覚えてしまう。

「メメント・モリ」という本は汚れれば汚れるほどいい。
旧メメント・モリを何度となく見返し、
「汚されたコーラン」にしている人にとって、
たった26年で内容が中途半端に変えられてしまう
新コーランに愛着が持てるか。

私は新メメント・モリは二度と開くことはないと思う。
これまでのようにぼろぼろになった旧メメント・モリを
何度も何度も読み返したいと思う。

この本はたかだが26年で改編されてしまうような、
寿命の短い本ではないはず。
50年、100年読み継がれる本だ。
ならばたかだが26年で、絶版になったわけでもないのに、
“経典”を安易に変えてしまう著者の神経をうたがう。

メメント・モリは素晴らしい本です。
だからこそ旧メメント・モリを大事にし、
これからもロングセラーを続けてほしかった。

藤原新也は、あきらめてしまったのだろうか。

持ち続けることの誇り  (2008-10-27)
十年以上前に手にしたとき、僕はまだ二十代前半の若造だった。
その日以来、どれだけ自分をささえてくれたことだろう。
感謝をいくらしても、しきれない程だ。

しかし。「メメント・モリ」そのものに手を加えてほしくなかった。
いいものに仕上がっているだけに、「メメント・モリ」という書名ではないものにしてほしかった。
「新版メメント・モリ」を出すことで「旧メメント・モリ」が色あせてしまった感が否めない。

「汚されたらコーラン」という言葉にも矛盾する。
 だがサービス精神旺盛な藤原さんのことなので、
「東京漂流」の続編を期待してしまう。
 お願いします!

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