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二百三高地 [DVD]
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二百三高地 [DVD] のカスタマーレビュー 
日露戦争知るには良い
(2010-02-19)
存在意義のある良い作品だと思います。が、あおい輝彦と夏目雅子の色恋沙汰はもう少しライトでも良かったかなとか、防人の詩の歌詞ロールは有り得ないなとか、マイナス面も少なくないです。
本当に戦争を知っている人たちが作った映画
(2009-11-29)
近年の薄汚いヒューマニズム戦争映画にはうんざりしていた今日この頃。そろそろ、「自由」「反戦」「平和」が使用され過ぎてまるで死蝋のようである。先日、偶然「二百三高地」の一部を目にする機会があり、その出来の良さに惚れ込み、本編をゲオでレンタルしてしまった。低予算ながら良くできている。人道主義的な哀愁漂う内容は、多分日本人の好みなのだろう。軍歌や演歌も明るい物はあまりないのだから。しかし、その当時の時代背景を正確に模写していることは、素晴らしい。ソース顔のかつての名優達が総力を上げて演じている。伊藤博文、児玉源太郎、乃木希典、明治大帝それぞれそっくりである。秋山好古も少しは出てほしかったかもしれない。
本日から、NHKは「坂の上の雲」を放送することになっているが、極左活動家によって日本の侵略戦争として描くようにと注文がついたそうだ。敵弾に当たり、銃後のために儚くも散った先人たちの顔に泥を塗るようなことだけは、してはいけないね。
日本版「戦争と平和」
(2008-03-14)
国の運命を背負い、政治家として命をかける伊藤。そしてやはり国を背負い友人、私人であることを捨て軍首脳として死力を尽くす児玉(戦争終結8ケ月後に脳溢血で急死)。軍司令としての職責と人としての情の間で苦悩する乃木。司令と部下との間で次第に人から軍人へと変わっていく小賀少尉。運命に逆らえず死んでいく庶民兵の苦しみと意地、したたかさ。そしてそれらを囲む人々の悲しみや憎しみ、愛情。
この作品は見る時々よって異なるストーリが見えてくる。昔、最初に見たときは単なる残酷で眠い戦争歴史映画。2度目に見たとき乃木への怒り、庶民兵への悲しみ、変わっていく小賀少尉への違和感。3度目に見たときは逆に小賀少尉への共感。そして4度目は望むと望まざると人の上に立つ者、国を背負う者のあり方と苦悩する姿を児玉と乃木そして伊藤に見た。
そして、それらの人々の中に、理性と感情の戦い、人それぞれに異なる親子の情の姿、個人が個人ではなくなる時、非情の中にある友情が散りばめられている。
戦果が上がらない乃木にいらだつ国民が乃木の自宅を襲った時、乃木の妻が「好きにさせてあげなさい。こんな家なんかどうなっても構いません」の一言は、武人の妻としての言葉なのかそれとも、息子の死を悲しむことさえできない乃木家への憎しみなのか。
日本が勝ったはずなのだが、全然、勝った感じがしない。救われるのは生き残った兵士が国で普通の生活に戻った姿と、残された人の悲しみを乗り越えた笑顔、そして平和な山河に溢れる明るい日差しに彩られたエンディングだ。
戦争というものを単に残酷なものとして扱うだけでなく、また戦争スペクタクルとするでもなく、人にスポットを当て、見れば見るほど一人一人のキャラクターが背負うものを見せる作品だ。
この戦争をめぐる人の描き方の重厚さは、奇しくも、この映画で人の善性の象徴として登場する「戦争と平和」につながるものを感じる。それにしても良く何度も見たものだ。
東映の戦争大作の唯一の佳作
(2007-08-27)
この作品から始まる東映の戦争大作シリーズは一般的には評判はよろしくない。出てくる政治家や軍人が立派すぎて、普通に考えたらこんな人たちばかりなら戦争なんて起こらないのではと思ってしまうし、下級兵士の描写もいかにもお涙頂戴的である。それゆえ全体に戦争賛美のような印象が強い。そんな中で、この「二百三高地」だけは少し印象が異なる。なぜならこの作戦自体がおそろしく非効率的な人海戦術であり、延々と続く悲惨な死体の山を築く描写は戦争の悲劇性を強調するためではなく、実際にそうであったことを観客も知っているからだ。仲代達矢の演劇的で間延びした話し方は、名将なのか愚将なのかわからない乃木大将を見事に表現している。丹波哲郎の児玉源太郎も絶品で、夏目昌子の美しさも忘れがたい。この映画の内容や主張に諸手を挙げて賛成するわけではないが、出演陣の好演でなかなかの佳作となった。
仲代達也には泣き顔が似合う!
(2007-07-12)
才気煥発の福顔の児玉源太郎を丹波哲郎が、泣き顔が張り付いた乃木希典を仲代達也が演じているが、ともに、あまりにも、はまり役過ぎて、思わず、本物を見ているような気分になってしまうほどである。
また、他にも、伊藤博文、明治天皇、大山巌、金子堅太郎etc・・・と、よくも、ここまで本物の雰囲気を伝えられたものだと感心する。
さらに、それら、史実を彩った英雄たちに混じって、名も無き人々として、あおい輝彦、新沼憲治、夏目雅子、佐藤充らが登場するが、彼らのあまりの完成度の高さが、この映画の主人公を誰だかわからないほどに高めてしまっている。
彼らの演技のどれひとつをとっても、「見事」の一言に尽き、日本映画特有の美しい湿潤さを保ちながら、必要以上にべたべたしていない点でも、日本戦争映画史上最高傑作と言っても過言ではない逸品であろう。
この中で、ひとつ、とても教訓に値する場面があった。
開戦前夜、遂に戦端を開くことを決意した明治政府は事に臨まんとして、児玉源太郎を内務大臣から、格下であり、事実上の陸軍の作戦指導責任者に当たる総参謀長に転任させた。
それまで、陸軍内部でも、盛んに開戦論をぶちあげ、時には直訴・懇請さえした若い参謀らが多数いたそうであるが、児玉がこれを受け、参謀本部に乗り込んできたとき、彼らは顔を見るなり、「ついに開戦ですね!」と色めき立った。
これに対して児玉が軽く頷き、「主戦場となる満州の地図を出せ」と言うと、その場にいた青年将校たちは、皆、顔を見合わせ、「地図・・・ですか。有ったか?」と・・・。
児玉のカミナリが落ちたのは言うまでもないことである。
だが、この話は、何とも、考えさせられる話である。
昨今でも、色々と、気勢を上げている人を見かけるが、果たして、この人たちのどれだけが地図を用意しているものなのか・・・。
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