
すばらしい新世界 (講談社文庫)
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すばらしい新世界 (講談社文庫) のカスタマーレビュー 
今書かれたとものだと言われても信じます。
(2010-02-05)
人間社会の行き着く可能性のある世界の一つをシニカルに描いたSF小説です。この作品は昭和7年に書かれたものですので、古臭くなっていないかとお思いの方がおられて当然なのですが、これが見事に先駆的で今書かれたと言われても信じてしまいそうです。題名は”シェイクスピア”からとられたものですが、反語の反語になっているようです。人間の抱えている苦痛をすべて取り払った、快楽だけの世界。そこは天国のような場所ですが、快楽だけの世界は、快楽を維持してゆくための様々なルールが作られます。そして快楽社会を支える複数の階層。それぞれの階層に相応しく、その階層が快楽となる人間を壜で生産します。「ソーマ(快楽を得るクスリ)の配給とゲームと無制限の性交と触感映画。これ以上何が注文できるかね?」難点を挙げるとすれば、ある虚構の世界の物語ですので、その描写が前半部にかなりの分量で割かれています。それとやや、翻訳文が冗長すぎる面を感じました。面白くなってくるのは後半ですので、それまでじっと我慢する必要はあります。
新しい社会
(2009-07-31)
完全な管理社会。それによって人類は幸福を手に入れることができる。ハックスリーが描く新世界は現在の我々の経験からすれば、明らかに異端である。
けれども、もし自分達が自分達の立場に、自分達の役割に完全に満足しているのならば、その世界を我々は果して不幸だといえるのだろうか。そこには、確かに我々の時代が生み出した文学も哲学も宗教も制度(家族や夫妻等)も、そして自由ですら存在しない。しかし代わりにその世界には、戦争がなく貧困がなく孤独がなく、そして何よりも安定があるのである。
この完璧に管理された社会を批判するのは簡単である。しかし僕には批判できない。なぜなら僕の周りには戦争がなく、毎日の食事に困る程の貧困もなく、誰ともしゃべることができないという孤独もない。そんなある程度の安定に恵まれた僕が、果して何といえるのだろうか。
アフリカ大陸やインド、中国といった地域に住む貧困に喘ぐ人々は、本書をどのように評価するのだろうか。もし彼らがその社会を批判したとしたら、きっと我々が積み上げてきたものには価値があるということだろう。しかしもし彼らがその世界を肯定したとしたら、我々の積み上げてきた価値とは所詮「満たされた人々」の自己満足に過ぎないものなのかもしれない。
様々なことを考えさせられる1冊だった。もう5年経って本書を読んだとき、私はどのように評価するのだろうか。この新世界を私はどのように受け止めるのだろうか。
究極の管理社会は人間にとってユートピアか?
(2007-12-14)
Huxleyが描く未来社会は、人間の行動・感情・思考が完全に管理された社会だ。
この社会では衣服・食べ物などすべて支給され、生まれてから死ぬまで平穏に何の不安もなく楽しく生きることができる。科学の進歩により老化現象さえも発生しないので死ぬまで若々しく健康に暮らすことができるのだ。
但し、この社会で最も重要なのは「安定」で、これを乱すものは完全に排除される。安定は社会的なものだけではなく、人の感情さえその対象となる。従って、親子・夫婦・恋人といった深い人間関係は感情を乱す元になるため完全に排除されており、人は人工授精のみにより生まれ、特定の人とだけ付き合うことも許されない。哀しい気持ちになると即座にソーマという薬を飲んで幸せな気分になる。そして70歳になると皆平等に安楽死になる。
更に恐ろしいのは完全な階級社会となっている点で、生まれる前から階級が決まっており、単純労働を行う階級は、単純労働だけをしても幸せに過ごせるように、予め複雑な思考ができないように知能レベルを操作されて生まれてくるのだ。
本書は、このユートピアに溶け込むことができないBenard Marxと、ユートピアの外側の「特別居留区」に生まれた野蛮人のJohnの目から、管理社会の矛盾や恐ろしさを描いている。
このような完全に管理された社会はごめんだと思う人が大半だと思うが、その半面でいかに人工的であっても、この社会で楽しく暮らしている人々(少なくとも上流社会の人)が少々羨ましいと思う人もいるのではないだろうかと感じた。
本当に素晴らしいなと思えるところもある新世界
(2007-06-18)
反ユートピア小説なんだろうけど、本当に素晴らしいなと思えるところもありました。
私が今生きているこの社会は、家庭というものに個人が縛られて、かなりな犠牲を強いられている部分があります。家族への愛情や義理ゆえに、自分の真の欲望を押し殺すか、欲望に忠実に突き進んで家族から復讐される、といった事態が引き起こされることがあります。また、家族に恵まれない人が、多大な犠牲を強いられたりします。野蛮な社会のなかで、母親が繕い物ができないばかりに子供がいじめられるというエピソードが出てきましたが、現実社会のいじめも、まさにそういったところから起こっているのです。新世界では、個人が皆、米粒のように独立した存在でありながら、誰一人として孤独ではない。いじめもない。みんながみんなのために生きている。特定の人を大切な人とし、それ以外の人に関心を持たない今の社会に比べると、なんと幸福な社会なんでしょうか・・・・・。
しかしジョンは、野蛮な社会に適応しないばかりか、この素晴らしい新世界にも適応しません。(私個人としては、あの野蛮な社会でいじめに耐えて生きていくよりは、新世界のほうがまだましかと思ったのですが…)これは一種の不幸です。人は皆理不尽な世界に生きているものですが、どこかでいい加減な気持ちで折り合いをつけなくてはいけないんじゃないでしょうか。少なくとも、自分に好意を持っている人を、(文化の相違ゆえに)淫売扱いはないんじゃないでしょうか。しかし、そういった扱いを受けても、別段ジョンを恨みに思ったりもしない新世界人のメンタリティもすごいものだなと思いました。
ソーマについては、現代人ならみんなが熱望しないですかね。いまの精神医薬には全て、大変な副作用があります。そんな副作用を気にせずに飲めるドラッグがあれば!それも『精神を病んでいる人』というレッテルを貼られることなく、処方箋を必要とすることもなく、万民が簡単に手に入れることができるなら、どんなにすごいことなんでしょうね!
でも、実際にはやはり、家族がいないのはイヤだ。(子供のことを心配せずに)誰とでもセックスできるのは素晴らしいと思いつつ、やはり、それではなんとなく心が満たされない。ソーマが欲しいなと思いつつ、でもやっぱり、悲しいときは悲しく、苦しいときは苦しくなりたいとも思う。こういった抵抗感が段々なくなっていくと、確実に新世界に近づいていくのだろうなと思います。
70年以上前の作品なのに、読み返す度に怖くなる
(2006-09-21)
階級ごとに体格も知能も発生時期の条件で決定され、壜から出た(生まれた)後も、睡眠時教育で条件反射になるようにいろいろなことが教え込まれ、完全に「生産」を制御された人たちの社会。不快な気分になったときは「ソーマ」と呼ばれる薬で「楽しい気分」になればよい。壜から出てくるので、家族はなく、男女の結びつきも「その時の楽しみ」である。社会は順調に廻っているようにみえるが、野心を抱いたり、ちょっと他人とは違うことに悩む人間はいる。そんな世界に、隔離された「蛮人保存地区」から連れ帰られた「母から生まれた」一人の青年を通して、文明のありかたを考えさせる。
数年に一度ぐらい、読み返す小説である。描かれた「空想された未来社会」は読み返す度に怖くなる。現在の世界と照らし合わせてみる。シャーレの中で受精卵から発生を進める技術も進んできた。発生のどの時期にどんなホルモンが出ることが適切か、などということもかなりわかってきた。「うつ」の治療に役立つ薬も実用化され、感情のメカニズムも随分と解明されてきた。年を追うごとに、この小説の中で描かれている技術はその当時予想されていたことを忠実に延長して考えられたものだということ、そしてその方向に科学技術は「順調に」進んできているのだ、と確認させられる。このお話の世界の展開が怖いだけに、現実の怖さも増してくる。
青年とこの社会の総帥が文明についての対話をする場面があるが、文化や宗教について、今も変わらない議論を我々は続けていることに気付かされる。「なぜ古い、良いものを与えないのですか」と問う青年に総統は云う、「われわれは人びとが古いものに惹きつけられることを好まないのだ。われわれは人びとが新しいものを好むことを望んでいる。」日々、流行に、新しいニュースに惹きつけられては、すぐに少し前のものにさえ関心を失ってしまいがちな今のわたしたちはこの世界の人達とどれほど違うのだろうか。同じように新しいものを好むことを望まれ、引き回されているのではないだろうか。
「(あなたたちは)辛抱することをおぼえる代わりに、不愉快なものはなんでもなくしてしまうんですね。・・・耐え忍びもしなければ戦いもしない。」と言い残してこの社会に背を向け、独り昔の原始的生活を始めた青年を、それでもまだこの社会は離さない。青年を追いかけてきたテレビカメラマンの言葉は「そりゃ、もちろん、わたしのほうの読者がとても興味をもつだろうと思うんですが。」。明日、この言葉が私にかけられてもおかしくないと思う世界に今生きているのが怖い。こうやって、幾つの物が追いかけられ、忘れ去られただろう。大事なものも忘れてしまったかもしれない。
1932年にこの「未来社会を空想した」小説は書かれた。ヒトラーが、ムッソリーニが大統領になった年、満州国建国宣言がされた年。
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